ほにゃらら然として悟る
先日の書き込みd:id:kwaizu:20060406#1144344519で「慄然として悟った」と書いた。
なんだかひっかかっていたので考え直してみた。「慄然として」という言葉は副詞としてあるにはあるが、この場合あまり適切ではないように思える。実際「慄然として」は「恐ろしさでぞっとして」というような意味だ(それはそれで意味が通るが)そこで「悟る」の前に用いられるものをGoogleで探してみたら、だいたい以下のようなものを発見した。
- 飜然(ほんぜん)として。「ひらり」とも読む。
- 卒(そつぜん)然として。だしぬけなさま。突然。
- 豁(かつ)然として。疑いや迷いが突然消えるさま。ぱっと開けるさま。
- 活然として。
- 闊然として。
- 本然として。あるがまま。本来そうである通りのさま。
- 画然として。区別がはっきりしているさま。
- 瞿(く)然として。目をぎょっとさせて驚いて。
- 端然として。きちんと整っているさま。礼儀にかなっているさま。
- 船然として。日本武術神妙記でしかひっかかっていない。
まだおよそ辞書など引いていないので正確なところはわからないが、結論から申しあげると「豁然」と「卒然」あたりであるように思う。とりあえず先の場合では「卒然として」が良いのだろうか。というかそもそもあの場面で「悟る」という言葉が適切でないとも言える。